Cas9 RNPの安定性:Cas9 RNPは活性を保持したままどのくらい保存できる?



高効率のゲノム編集ツールを提供しています
IDTの社内実験の結果、Cas9を用いたゲノム編集では、gRNAとCas9タンパクから形成したRNP複合体を細胞に導入した際に、最大のゲノム編集効率が得られました(詳細:Improve your genome editing with the Alt-R™ S.p. Cas9 Nuclease 3NLS and modified crRNAs)。IDTでもこれらを取り扱っており、gRNAを構成するcrRNA及びtracrRNAは、化学修飾が施されているため分解されにくく、Cas9 タンパク質には核移行シグナルが付加されています。


RNPは活性を保ったまま保存できます
複合体を形成させたRNP(Alt-R gRNA:Alt-R Cas9 Nuclease)を、一度の実験で使い切る必要はありません。RNPは複合体を形成したまま保存でき、後の実験でも使用できることが、IDTの社内実験で示されています。活性を保持したまま保存可能なことは、余剰試薬を破棄せずに済むため、研究費を最大限に活かすことができます。また、一連の実験を一貫性をもって行う事もできます。さらに、複合体形成の手間も省けるため、より簡便に実験を進められます。


RNP安定性試験の方法
HPRT遺伝子の2つの異なる部位を標的とするcrRNAを用いて、RNPの保存安定性を調べました。ユーザーガイドにしたがって、Alt-R®シリーズの crRNA、 tracrRNA、 Cas9ヌクレースを用いて、RNP複合体を形成しました。そのRNP複合体をCas9 Buffer、Opti-MEM® media、PBSに対し、それぞれ1µMに調整しました。また、温度条件を4℃、 -20℃、 -80℃、試験期間を48時間、2週間、10週間としました。Alt-R CRISPR-Cas9 systemのユーザーガイドに従い、RNAiMAX(Thermo Fisher Scientific)を用いたリポフェクションで、それぞれの条件で保存したRNPをHEK-293細胞に導入しました。各試行を3回ずつ行い、その都度Cas9 Bufferで1µMに希釈したRNPの導入をコントロールとしました。
遺伝子導入した細胞を播種し、48時間培養を行ってから上述のユーザーガイドに従ってゲノムDNAを抽出しました。最後に、抽出したDNAのゲノム編集効率をT7E1アッセイで評価しました。図1に10週間の保存安定性試験の結果を示しています。


T7E1 Mismatch Endnuclease Assay
T7E1アッセイでは、PCRと電気泳動で、ゲノム編集で生じた変異を簡単に検出できます。T7E1は多種のPCRキットに対応しているため、切断の際にPCR産物の精製を行う必要もありません。T7E1アッセイを用いる際には、反応温度、時間、DNAと酵素の比率にご注意下さい[1]。T7E1は、2塩基以上の挿入や欠損を認識します[2]が、1塩基のインデル変異は認識できないので、実際のゲノム編集効率よりも低く評価されてしまいます。詳しくはこちらの「Mutation detection in CRISPR experiments」をご参照下さい。


RNP安定性試験の結果
図1は、10週間保存したRNPを用いてゲノム編集を行った結果です。4℃、-80℃で10週間保存しても、3種のバッファー全てで活性は落ちませんでした。-20℃で保存した場合のみ、site2の活性が低下しました。この結果は、サイトの選択が保存活性にも影響する事を示唆しています。そのため保存の観点からも、ターゲットの2~3サイトに対して、crRNAをデザインする事を推奨します。今回のデザインでは、HPRTのsite1がsite2よりも常に効率的だったことが分かります。


図1.Cas9 RNP複合体は、4℃、-80℃で10週間保存しても高い活性を保持しています。
「RNP安定性試験の方法」に従って実験を行いました。2つのHPRT遺伝子サイトには、site1 = 38087、site2 = 38285 を用いました。本Figでは、試験期間:10週間の場合を記載しております。4℃、-80℃で10週間保存しても、新しく複合体を形成したRNPと同様の活性を示しました。

-80℃で5ヶ月保存した場合のデータは下記ポスターの左下の図Dをご参照ください。
The spectrum of NHEJ products following CRISPR/Cas9 DNA cleavage is target site dependent


RNPを保存する時は
IDTでは、Alt-R CRISPR Cas9 RNPを保存する場合、4℃であれば2週間まで。それ以上の場合は-80℃を推奨します。4℃の場合、コンタミネーションにより細菌や真菌が繁殖する可能性があるためです。

本実験により、Alt-R CRISPR-Cas9 Systemで形成したRNPは、安定性の高い試薬である事が示されました。時間と試薬代の節約になり、また実験のスケジュールリングも容易になります。本方法を用いれば、複合体形成時の活性を保持したまま保存することができます。

Alt-R CRISPR-Cas9 RNP複合体を用いてゲノム編集を行っている方は、ぜひ下記のAdditional Readingも参考にしてください。また、リポフェクションのプロトコールは、ユーザーガイドをご覧下さい。


References

製品フォーカス

Alt-R® CRISPR-Cas9 System
Alt-R® CRISPR-Cas9 Systemには、ゲノム編集を行うためのキーとなる試薬が揃っています。S. pyogenesの持つCRISPR-Cas9 systemに由来する本システムは、下記の様に多数のアドバンテージがあります。
  • 他社の手法と比較し、オンターゲット率が向上します。
  • Cas9 RNPが正確にされます。
  • リポフェクションやエレクトロポレーションで、効率よくRNPが導入できます。
  • sgRNAやCas9 mRNAの様に、自然免疫を惹起しません。
詳しくはこちらをご参照ください。

Alt-R® CRISPR-Cpf1 System
Alt-R® CRISPR-Cpf1 Systemを用いると、これまでCRISPR-Cas9で切断できなかったサイトでゲノム編集を行えます。Cpf1でDNAを切断すると、5'突出末端となります。
本試薬には下記の特徴があります。
  • AT-richなゲノム領域でもゲノム編集が行えます。
  • Cas9では切断できなかったサイトを補填できます。
  • Cpf1 NucleaseとcrRNAのみで、ゲノム編集を行えます。tracrRNAは必要ありません。
  • エレクトロポレーション法で効率よくRNPを導入できます。
詳しくはこちらをご参照ください。


Additional Reading

エレクトロポレーション:遺伝子組み換え齧歯類を作製するためのマイクロインジェクションの代替法
マウスの受精卵にマイクロインジェクションではなく、エレクトロポレーションでゲノム編集を行う方法と、実際に金子先生が実験された際のデータを公開しています。マウス受精卵に対するプロトコールだけではなく、iPS細胞に対するエレクトロポレーションを用いたゲノム編集のプロトコールも掲載しています。

理化学研究所BRC 綾部先生 ~CRISPR/Cas9、Cas12aによるゲノム編集を用いたKO/KIマウスの作製とそのコツ~
IMPCプロジェクトでノックインマウスを作製している綾部先生は、Cas9だけではなくPAMがTTTVであるCas12aでもノックイン実験を行われています。こちらのインタビューでは綾部先生の実験プロトコールに加え、gRNAや導入、ゲノム編集が上手くいかない場合のコツなども掲載しています。

簡便にゲノム編集の変異導入効率が測定できるT7EIアッセイとは
T7EIアッセイは2塩基以上の挿入・欠失を認識するため、ゲノム編集が行われたかどうかの確認や、ゲノム編集効率自体の確認に適しています。T7E1アッセイを行うことで、ゲノム編集効率自体も推定できるます。本記事では、ゲノム編集を行った際の編集効率をT7E1アッセイおよびNGSで解析しています。