エレクトロポレーション:遺伝子組み換え齧歯類を作製するためのマイクロインジェクションの代替法



げっ歯類の遺伝子改変法の変遷
遺伝子組み換えを行ったマウス等のげっ歯類は、遺伝子機能を理解し、遺伝子疾患をモデル化するための強力なツールとなっています。古典的なげっ歯類における遺伝子改変は、胚性幹細胞(ESc)の特定の内在性遺伝子に相同組換えを介して変異を導入したのち、想定通りの変異の導入されたEScをレシピエント胚盤胞に注入、キメラ個体作製を経て遺伝子改変個体を樹立していました[1]。近年では、zinc finger nuclease(ZFN), transcription activator-like effector nuclease (TALEN)、clustered regularly interspaced short palindromic repeats (CRISPR) など、ターゲット部位に対して直接二本鎖切断を行う技術を用いて遺伝子改変が行われています[2-5]。中でもCRISPR-Cas9システムは、その効率さと簡便性から、げっ歯類に対する遺伝子改変法として広く好まれるようになっています。


マイクロインジェクションとゲノム編集
Cas9タンパク質とgRNAの複合体(RNP:ribonucleoprotein)の導入は複数のモデル生物に対して、高効率で簡単にゲノム編集が行えます[6,7]。受精卵に対する核酸やRNP導入のゴールドスタンダードとしては、マイクロインジェクションが一般的に使われています[8]。しかしマイクロインジェクションは、高度な設備と熟練した技術を必要とした方法であり、また、個々の胚への導入を必要とするため、時間も掛かってしまいます[9]。CRISPR-Cas9システムを用いて変異を導入した個体を得るために、これらの特性は研究者にとって解決すべき課題となっています。


新しいエレクトロポレーション法によるハイスループットなCRIPSR-Cas9システムの導入
エレクトロポレーションでもCRISPR RNPsをマイクロインジェクションと同様に受精卵に導入することが可能です。金子先生(岩手大学)、真下先生(大阪大学)は、“Technique for Animal Knockout system by Electroporation” (TAKE法)という、エレクトロポレーションを用いた、迅速かつ簡単で、ハイスループットに遺伝子改変動物を作製する新しい手法を開発しました[9]。本研究では、4ステップのパルスを発するNEPA21(ネッパジーン社)という新しいエレクトロポレーターをが用いられています[10]。このエレクトロポレーターの使用により、特別な手技なしにCRISPR-Cas9システムをマウスやラットの受精卵に導入でき、胚の発生にネガティブな影響を与えうる透明体へのダメージを軽減させることもできます。テーブル1では金子先生が、ラットの受精卵に対し、エレクトロポレーション及びマイクロインジェクションでCRISPR-Cas9システムを導入した際のゲノム編集効率の比較検討結果を示しています。検討実験にはIDTのCas9タンパク質及びgRNAをご使用頂きましたが、産子17匹全てがノックアウトされていました(配列はサンガー法で確認しています)[11]。


ラット受精卵に対するマイクロインジェクションとTAKE法の比較実験
MethodsEmbryos deliveredOffspringEdited offspring
Microinjection4013(68%)10(77%)
TAKE2517(68%)17(100%)
Genome editing in mouse and rat by electroporation. Methods Mol Biol. 2017; 1630:81-89. doi: 10.1007/978-1-4939-7128-2_7. テーブル6より。

プロトコール
マウス受精卵iPS細胞において、ネッパジーン社のエレクトロポレーターを用いたゲノム編集のプロトコールをご用意しております。また金子先生らのプロトコールもございます。これらのプロトコールは、類似の実験系でAlt-R® CRISPR-Cas9システムを使用する際の参考になると思います。

※当社とエレクトロポレーターを販売するネッパジーン社との間に利害関係はございません。


References

  1. Capecchi MR. (2005) Gene targeting in mice: functional analysis of the mammalian genome for the twenty-first century. Nat Rev Genet, 6(6):507–512.
  2. Geurts AM, Cost GJ, et al. (2009) Knockout rats via embryo microinjection of zinc-finger nucleases. Science, 325(5939):433.
  3. Tesson L, Usal C, et al. (2011) Knockout rats generated by embryo microinjection of TALENs. Nat Biotechnol, 29(8):695–696.
  4. Sung YH, Baek IJ, et al. (2013) Knockout mice created by TALEN-mediated gene targeting. Nat Biotechnol, 31(1):23–24.
  5. Li D, Qui Z, et al. (2013) Heritable gene targeting in the mouse and rat using a CRISPR-Cas system. Nat Biotechnol, 31(8):681–683.
  6. Jacobi AM, Rettig GR, et al. (2017) Simplified CRISPR tools for efficient genome editing and streamlined protocols for their delivery into mammalian cells and mouse zygotes. Methods,121–122:16–28.
  7. Quadros RM, Miura H, et al. (2017) Easi-CRISPR: a robust method for one-step generation of mice carrying conditional and insertion alleles using long ssDNA donors and CRISPR ribonucleoproteins. Genome Biol, 18(1):92.
  8. Takahashi G, Gurumurthy CB, et al. (2015) GONAD: Genome-editing via Oviductal Nucleic Acids Delivery system: a novel microinjection independent genome engineering method in mice. Sci Rep, 5:11406.
  9. Kaneko T, Mashimo T. (2015) Simple genome editing of rodent intact embryos by electroporation. PLoS One, 10(11):e0142755.
  10. NEPA21 Super Electroporator (NepaGene): High Transfection Efficiency & High Viability WITHOUT Special Buffers. www.nepagene.jp/e_products_nepagene_0001.html (Accessed 14 Sept, 2017).
  11. Kaneko T. (2017) Genome editing in mouse and rat by electroporation. Methods Mol Biol, 1630:81–89.

原文:Electroporation: an alternative to microinjection for creating genetically modified rodents
著者:Brian Wang, PhD, former Genomic Tools Market Development Manager, IDT.
翻訳:安井 孝彰



製品フォーカス

Alt-R CRISPR-Cas9 System
Alt-R CRISPR-Cas9 Systemには、ゲノム編集を行うためのキーとなる試薬が揃っています。S. pyogenesの持つCRISPR-Cas9 systemに由来する本システムは、下記の様に多数のアドバンテージがあります。
  • 他社の手法と比較し、オンターゲット率が向上します。
  • リポフェクションやエレクトロポレーションで、効率よくRNPが導入できます。
  • sgRNAやCas9 mRNAを導入した際に見られる、自然免疫を惹起しません。
詳しくはこちらをご参照ください。

Alt-R CRISPR-Cpf1 System
Alt-R CRISPR-Cpf1 Systemを用いると、これまでCRISPR-Cas9で切断できなかったサイトでゲノム編集を行えます。Cpf1でDNAを切断すると、5'突出末端となります。
本試薬には下記の特徴があります。
  • AT-richなゲノム領域でもゲノム編集が行えます。
  • Cas9では切断できなかったサイトを補填できます。
  • Cpf1 NucleaseとcrRNAのみで、ゲノム編集を行えます。tracrRNAは必要ありません。
  • エレクトロポレーション法で効率よくRNPを導入できます。
詳しくはこちらをご参照ください。


Additional Reading

理化学研究所BRC 綾部先生 ~CRISPR/Cas9、Cas12aによるゲノム編集を用いたKO/KIマウスの作製とそのコツ~
IMPCプロジェクトでノックインマウスを作製している綾部先生は、Cas9だけではなくPAMがTTTVであるCas12aでもノックイン実験を行われています。こちらのインタビューでは綾部先生の実験プロトコールに加え、gRNAや導入、ゲノム編集が上手くいかない場合のコツなども掲載しています。

様々な宿主に対するゲノム編集のプロトコール
IDTでは、様々な宿主に対するプロトコールを公開しております。プロトコール内では、実験を開始するのに必要な試薬等の情報も記載されています。 また、もしAlt-R® RNA/タンパク質を用いた新しいプロトコールを開発された方には、どのようにそのプロトコールを研究者コミュニティーでシェアするかについても本記事内で言及しています。

ゲノム編集をエレクトロポレーションで行う際に大切なこと
細胞に対して最も効率の良い導入方法はRNP(ribonucleoprotein)のエレクトロポレーションです。もしゲノム編集を行いたい細胞にエレクトロポレーションが必要なら、エンハンサーの使用が効率改善に効果的です。