オフターゲットを抑制し高効率でゲノム編集が行えるHiFiCas9タンパク質

高フィデリティCas9 ― 初代細胞でもオフターゲット効果を抑え、効率よくゲノム編集ができます
IDT Alt-R® HiFi Cas9 Nuclease V3

文献概要:IDTから販売された高フィデリティなCas9タンパク質は、CRISPRによるゲノム編集技術の臨床応用を強力に推進します。

Alt-R HiFi Cas9 V3 Nucleaseとして販売中の高いフィデリティーを持つCas9タンパク質によって、ゲノム編集が難しい初代細胞でも、非常に効率よく特異性の高いゲノム編集が行えます。2018年8月6日

Vakulskas C, Dever D, et al. (2018)
A novel high-fidelity Cas9 delivered as a ribonucleoprotein complex enables high frequency gene editing in human haematopoietic stem and progenitor cells.
(リボヌクレオタンパク質複合体として導入された新規な高フィデリティCas9が、ヒト造血幹細胞、前駆細胞における高効率の遺伝子編集を可能にする)
Nature Medicine, DOI 10.1038/s41591-018-0137-0 [1]


ヒト造血幹細胞、前駆細胞(HSPC)のEx vivoでRNPを介したCas9ゲノム編集は、臨床フェーズに入る最初のCas9編集プログラムのひとつになると考えられています。

最近の研究で、長期間の継代によって病原性の変異が起こったHSPCにおいて、CRISPR-Cas9を用いて修正できることが証明されています[2-5]。

しかし、CRISPR-Cas9を用いた臨床実験に対して、多くの研究者が不安に思っていることは、CRISPR/Cas9システムによって、目的とは異なる変異であるオフターゲット変異が入り込んでしまうことです。これにより、重要な幹細胞機能が喪失したり、最悪、癌を引き起こす可能性もあります。[6]。
オフターゲット活性が低く特異性の高いCas9変異体の単離

CRISPR-Cas9によるゲノム編集の特異性をいかにして高めるかが、最近、活発な研究領域になっています[7-9]。以下で簡単に解説を行うVakulskasらの論文は、Cas9変異体R691Aの単離について述べています。

このCas9変異体は、リボヌクレオタンパク質(RNP)フォーマットで導入すると、高い切断効率にも関わらず、オフターゲットが抑えられます。Vakulskasらは、このCas9変異体を用いて、HSPCとエフェクター細胞において治療に関連する遺伝子座に対して特異的な遺伝子ターゲティングを実現し、オフターゲット編集(OTE)の発生を全体的に抑えました。

この高フィデリティCas9タンパク質は現在、IDT Alt-R HiFi Cas9 Nuclease V3として市販されています。

Alt-R HiFi Cas9 Nuclease V3の詳細については、こちらをご覧ください。

“初代ヒト幹細胞において、数種類の高フィデリティCas9タンパク質を客観的に評価しました。IDTのこの新しいタンパク質の特性には驚きました。
他のものとは異なり、このバージョン(Alt-R HiFi Cas9 V3 Nuclease)では、一貫して高いオンターゲット活性が得られ、オフターゲット活性は低くなっています。

オンターゲット活性に優れ、オフターゲット効果も改善されていますので、今後の実験でぜひともこのバージョンを使って、まだ医療ニーズが満たされていないさまざまな疾患に対し、ゲノム編集を使った新たな治療の開発をめざしたいと考えています。”

— Matthew Porteus, MD, PhD, Stanford University, Stanford, USA

ユニークなスクリーニングによるHiFiCas9の同定

基礎研究から臨床応用に移行する際は、試薬と手法の選択がたいへん重要です。

様々な哺乳動物細胞でゲノム編集を可能にする方法が開発されています。中でもRNPフォーマットでの導入が好まれることが多いのですが、これはターゲティングの正確さを向上させる、いわゆる「ファストオン、ファストオフ」反応を導くからです[3,4,10,11]。

RNPの導入により、オフターゲット編集は低減されますが、なくなるわけではありません。そのため、Cas9 RNPとターゲットDNAの相互作用に関与することが知られている、複数のアミノ酸残基を適切に変異させることによって、Cas9ヌクレアーゼの特異性を改善する試みがなされています[7-9]。

しかしながら、過去に報告されているどのバリアントでも、臨床実験的にRNPを用いる方法では、オフターゲット活性だけでなく、オンターゲット活性も抑えられています。

したがってこれらバリアントはどれも、RNP導入という点では、臨床応用への適用が制限されます[1]。


IDTの研究者は、ユニークなアプローチで、Cas9ヌクレアーゼをさらに特異的なゲノム編集ツールに進化させました。バイアスを極力排除した高スループットな細菌選択スキームを構築し、オンターゲットの効力と特異性が最高の組み合わせになるCas9変異体を同定しました(Vakulskasらの図2Aを参照[1])。

この論文に述べられているように、「細胞毒素とCas9のターゲットとなるサイト」、両方を有するプラスミドをもつ大腸菌に対し、さらに第2のプラスミドを導入しました。この第2のプラスミドは、ランダムな変異の入ったCas9オープンリーディングフレーム(ORF)変異体ライブラリー(約25万種)と、毒素をコードする遺伝子を切断するgRNAを発現します。

一方、第2のプラスミドに、既知のオフターゲット部位も追加しました。この第2のプラスミドは、抗生物質耐性遺伝子もコードしており、オフターゲット活性によりこのプラスミドが切断されると、大腸菌は生存できません。

このデュアルポジティブスクリーニング法では、Cas9突然変異体が1)毒素をコードする第1のプラスミド上のターゲットサイトは切断するが、2)抗生物質耐性をコードする第2のプラスミド上の既知のオフターゲットサイトを切断しない場合にのみ、細菌コロニーは生存できます。

異なるガイド配列を用いてスクリーニングと検証を数回繰り返すと、プラスミドによる導入か、RNPとしての導入かにかかわらず、期待通りのオン/オフターゲット活性を有するR619Aを発見しました。

他の全てのバリアントは、オンターゲット活性がかなり低くなったり、オフターゲット変異を十分に減らすことができませんでした。
Alt-R HiFi Cas9タンパク質のオフターゲット抑制をNGSで評価しました

HiFiCas9及びWT Cas9のオフターゲット変異を比較評価するために、2段階の次世代シーケンシングによる定量プロセスが開発されました。オフターゲット変異の有無と頻度を、正確に予測できるin silicoアルゴリズムは存在しないため、IDTの研究者達はGUIDE-seq法を用い、それまでの知見に基づいて、細胞内の実際のオフターゲット部位を確認しました[6]。

PCRでターゲット領域を濃縮したサンプルに対してNGS解析(アンプリコンシーケンシング法)を行い、GUIDE-seqによって同定した部位と計算によって予測されたオフターゲット部位で起こるオフターゲット変異の定量をおこないました。

Vakulskasら[1]の図4の上段からわかるように、Cas9を恒常的に発現している細胞では、目的の切断部位におけるindel頻度はほぼ100%です。しかしながら、オンターゲット編集はこうした細胞のDNAにおける全切断事象のわずか28%であり、72%はオフターゲット切断です。

このCas9恒常発現株と比較して、RNPとして導入されたWT Cas9では、オフターゲット変異が大きく抑制されています([1]図4)。HiFi Cas9(IDT)としてRNPを導入すると、切断の特異性はさらに向上し、オンターゲット変異が編集全体の99%を超えています。

従来の特異性の高いCas9バリアントは、RNPフォーマットで導入した場合、オンターゲット変異を減らしてしまいますが、Alt-R HiFi Cas9(R691A)は、変異導入が難しい初代細胞でも、高効率でオンターゲット率の高い編集を実現します。

Alt-R HiFi Cas9 Nucleaseは、基礎研究用としても、臨床応用としても、CRISPR-Cas9ゲノム編集用途に幅広い有用性があります。

Alt-R HiFi Cas9がどのようにCRISPR技術の臨床応用を推進するかについては、こちらのNature Medicine掲載論文をご覧ください。

References

原文:High-fidelity Cas9 provides highly efficient genome editing with reduced off-target effects, even in primary cells
著者:Brian Wang, PhD, Genomic Tools Market Development Manager, IDT.
翻訳:安井 孝彰

製品フォーカス

Alt-R® CRISPR-Cas9 System
Alt-R® CRISPR-Cas9 Systemには、ゲノム編集を行うためのキーとなる試薬が揃っています。S. pyogenesの持つCRISPR-Cas9 systemに由来する本システムは、下記の様に多数のアドバンテージがあります。
  • 他社の手法と比較し、オンターゲット率が向上します。
  • Cas9 RNPが正確にされます。
  • リポフェクションやエレクトロポレーションで、効率よくRNPが導入できます。
  • sgRNAやCas9 mRNAの様に、自然免疫を惹起しません。
詳しくはこちらをご参照ください。

Alt-R® CRISPR-Cpf1 System
Alt-R® CRISPR-Cpf1 Systemを用いると、これまでCRISPR-Cas9で切断できなかったサイトでゲノム編集を行えます。Cpf1でDNAを切断すると、5'突出末端となります。
本試薬には下記の特徴があります。
  • AT-richなゲノム領域でもゲノム編集が行えます。
  • Cas9では切断できなかったサイトを補填できます。
  • Cpf1 NucleaseとcrRNAのみで、ゲノム編集を行えます。tracrRNAは必要ありません。
  • エレクトロポレーション法で効率よくRNPを導入できます。
詳しくはこちらをご参照ください。


Additional Reading

エレクトロポレーション:遺伝子組み換え齧歯類を作製するためのマイクロインジェクションの代替法
マウスの受精卵にマイクロインジェクションではなく、エレクトロポレーションでゲノム編集を行う方法と、実際に金子先生が実験された際のデータを公開しています。マウス受精卵に対するプロトコールだけではなく、iPS細胞に対するエレクトロポレーションを用いたゲノム編集のプロトコールも掲載しています。

Cas9 RNPは活性を保持したままどのくらい保存できる?
Alt-R®Cas9:crRNA:tracrRNA リボヌクレオタンパク質 (RNP) 複合体を形成後、再度そのRNPを細胞に導入したい場合、何度でどの程度保存すれば、再度そのRNPを用いてゲノム編集を行うことができるのかを実験しました。

簡便にゲノム編集の変異導入効率が測定できるT7EIアッセイとは
T7EIアッセイは2塩基以上の挿入・欠失を認識するため、ゲノム編集が行われたかどうかの確認や、ゲノム編集効率自体の確認に適しています。T7E1アッセイを行うことで、ゲノム編集効率自体も推定できるます。本記事では、ゲノム編集を行った際の編集効率をT7E1アッセイおよびNGSで解析しています。

オフターゲットの検出に、特異性の高い独自技術アンプリコンシーケンス-rhAmpSeq
rhAmpSeqは、RNaseH2という酵素を用いることで特異性の高いアンプリコンシーケンスを行えます。オフターゲットの検出には多数のPCRを行う必要がありますが、アンプリコンシーケンスであれば、簡便に多サイトのオフターゲットを確認できます。